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*名前 : 岡田かおる
*ハンドルネーム ; kao 、 花央.
(cocola、nekonoteにて~2005.8まで)
*生年月日:1964年 うお座
*バッチフラワー歴 : 1997年より
こんにちは!!バッチフラワーのお店*ケレンシア店主のKaoです。
みなさん、どうぞお気軽にお声をかけてくださいね(^_-)-☆ |
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このアバターが目じるし♪
Kaoのブログ「起きて半畳寝て一畳」にてバッチフラワーと出会う以前のこと、なぜ、バッチフラワーなのか。などなど現在連載中!!
■はじめに
表面的にはうまくいっている、人からもそこそこ評価されている、なのにつきまとう空虚感。自分だけが知っている本当の自分・・・。
こころから大切にしたい、感謝できるようになりたいと願いながらもそうできずにもがいた親子関係。恋愛。
こうありたいという理想の自分と、それができない現実の自分。
さまざまな自己啓発本を読みあさり、頭では分かっている、気づいた!と言いながらも持続できない、行動できないジレンマ。
すっと行動にうつせる人を横目で見ながら、「生まれつき?それって不公平・・・」と嘆く日々からの脱出。すなわち、バッチフラワーとの出会い。
「出来ない自分を認めるってなに?」
「ダメな自分も受け止めるってどういうこと?」
良いところも悪いところもぜ~んぶ丸ごとひっくるめて認めることができるようになれたら、あとはそこから一歩一歩前に進んでいけばいい。
(URL、ippoippo「いっぽいっぽ」の所以でもあります )
変えられないといわれてきた性格を変える方法がここにある。
『マイナス感情をプラス感情に変える』『口に出して幸運をつかむ「奇跡の言葉」』『家訓づくりのすすめ』(共に東洋経済新報社)、『こんなふうに マイナス感情さようなら。』『困ったワンちゃんもこれならニコニコ』(共にエイチアンドアイ)などの、著書としても知られる浅見政資先生(現、わが家に家訓を!運動の会代表、バッチフラワー協会代表)に師事。
バッチフラワーレメディと家訓のある生活を実践中し、現在、いったい人間はどこまで変われるのか楽しみな現在、もうすぐ42歳。
メルマガ「悩みよさようなら、性格は変えられる」~バッチフラワーの簡単活用法(隔週)、ブログ「起きて半畳、寝て一畳」~家訓とバッチフラワーのある生活、通信紙「ケレンシア通信」(月刊)を発行中。
(2006.01.10現在)
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■ バッチフラワーと浅見政資先生、そして販売店への想い・・・
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ありがたいことに、浅見政資先生からご指導いただいてこうして性格を変えてこれたということは、言ってみれば私自身が良くなりつづけることはある意味、使命のようなものとも感じています。
「ここまでは変われるだろう」と思う以上の変化をすることができました。
「ここまでかもしれない。」「これ以上は変われないかもしれない。」という状況もマイナス感情をプラス感情に変えることで、変わることができてきました。
性格は変えられる、とことん、どこまでも変え続けていくことができる。
それを私自身が身をもって、これからも実証しつづけていきたいと思っています。
そして、一人でも多くの方の悩みや問題を解消するお役に立てるならば幸いと思います。 |
■ こんなところからの出発です
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* 出会い *
「小説になるよ・・・。」と、友人達から言われるようないわゆる「波乱万丈」な日々を
送っていました。
幼稚園脱走事件、ピアノ塾破門事件、月曜日病、いじめ(する方もされる方も)、ひきこもり、不登校、拒食症、自律神経失調症、借金、DV(そんな言葉はなかった時代ですが)、離婚、パニック障害、などなど・・・。
いわゆるトラブルに巻き込まれやすく、かつ、自らもトラブルを起しやすいタイプ。
Kaoの行くところ事件あり・・・な~んてあまり(かなり?)ありがたくない形容をされていましたっけ。
恋愛は・・・。
好きな人の前では食事もノドを通らないのに、相手が自分を好いていると分かるやいなや、傍若無人に早変わり(ご迷惑をおかけいたしました)。
そんな一面がありながらも、、一転、尽くして尽くして自分を犠牲にしてでも尽くしぬく一面もあり。腐れ縁と分かっていても縁が切れないいわゆる不幸な女タイプでした(過去形)。
ドラマにもめったに出てこないような予期せぬ出来事は数知れず。
いわゆる不幸癖がしみついて、かりによい方向へ向かいだしても「きっといつまでも続かない」と、不幸になることには確信が持てても幸せには縁遠いと確信していたタイプ。
が、しかし、バッチフラワーレメディと浅見政資先生との出会いを機に、迷いながら、
もがきながら、いわゆる穏やかな日々に向って歩み始め現在に至る。
* 仕事 *
ドレスデザインの専門学校に在学中、婦人服の販売をアルバイトでした際に「これぞ私の天職!!」とばかり即、退学。
以降、販売・仕入れ・管理などブティック運営全般に携わる。
1998年に「自分がほしいと思うものだけをお客様に提供したい」と独立を決意。
ワンルームマンションにて完全予約制のブティック「ケレンシア」を開業。
が、しかし、2000年にメインの仕入れ先が倒産。
折りしも、自分自身「洋服」に対しての価値観が変化してきたことも後押しし惜しまれつつもあえなく2年で廃業。
ファッションアドバイザー業にピリオドをうち、家業であった結城紬の制作を始める。
2000年より独学にて習得した草木染め結城紬の制作をはじめる。
2003年、工房内にてバッチフラワーのお店「ベアフルーツ」を併設。
ホームページの立ち上げ。のち、店名を「ケレンシア」に改名。
2007年、埼玉県加須市に移転。現在に至る。
ちなみに、ケレンシアはスペイン語で「あるべき処、わが家、愛のある場所、愛着のあるもの、帰巣本能、回帰本能、本質」などの意味があります。
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